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2013年4月10日水曜日

ラパス〜サンティアゴ


3月17日
 今日はラパスを立つ日だ。ラパス発の飛行機は17:05なので、午前中12:00までは、部屋で、次のサンティアゴ、ブエノスアイレス、イグアスの飛行機の確認やホテルの手配等を行う。
 その後、ラパスで最後の食事ソル&ルナ(太陽と月)というcafeでランチをとる。ここは多国籍料理でいろんな国の料理がある。妻はナシゴレンとサテ(焼き鳥)、自分はスパゲティーを頼んだつもりだったが、何故かスープがきてしまった。(メニューを見間違えていただけだった)。ボリビアではスープばっかりたべていた。何か頼もうと思ったが、時間がかかりそうなので、スープで我慢することにしたが、このスープがトマト味なのだが、少し肉も入っており、かなりうまかった。

 タクシーで早めに空港まで向かい、サンティアゴ行の飛行機の掲示板を探すが17:05発がない。なんと勝手に出発時間が16:25分に変更になっていた。遅くなるならわかるが、早くなるとはびっくりした。慌てて、チェックインして、出国手続きをして保安検査をすませたのが、搭乗時刻の10分前だった。余ったボリビアーノを使おうと思い、免税店でパンツを購入することにした。サイズがなく、探しまくって、ようやく見つけたパンツは、お金を払う時にこれはまだ売れませんといって、結局購入できなかった。Σ( ̄□ ̄;)

 飛行機は、定刻に飛び立ち、途中イキケを経由して、サンティアゴまで無事にたどり着いた。サンティアゴに着いたのは、9時過ぎ、もう夜遅いので、タクシーで宿に向かう。空港内のカウンターで17000チリペソを払い(なんと3400円くらい)タクシーにのると、タクシーは猛スピードで高速道路を走り(150km/hくらい)ちょっと恐くて、揺れるので、酔いそうだった。
 今日の宿泊空きは、プリンセサインソレンテホステルというところで、我々が着いた時に、門を開けようとしたら、カップルが門越しにキスしている。なんだかロミオとジュリエットのようだなとおもいながら待っているが一向に終わらない。ところがこの門はホテルの隣の家の門だった。

ラパスからイキケまでのフライト。こんな砂漠が延々と続く

ラパスの空港。おそらくこの飛行機でウユニまで行けるのではないかと思う。
ラパスの空港は、飛行機の墓場のようで、古い飛行機があちこちに捨ててある。

イキケの空港 砂漠のど真ん中にある。


 次の日はアルゼンチンブエノスアイレスまでの移動日なので、ほんとここは1泊するだけだが、ここのホステルはこじんまりしているが、なかなか雰囲気がよい。ベッドの周りににも、棚とかがあり、なかなか感じがよろしかった。


2013年4月9日火曜日

ラパス


3月16日
 バスは、朝8時くらいにラパスのバスセンターに到着した。自分は、ラパスのミルトンホテルを口頭で予約していたが、ウユ二での宿泊を伸ばしてしまったので予約をすっぽかしたことになり、ミルトンホテルには帰れなくなったため、サガルナガ通りになるアレムというホテルにタクシーで行った。運ちゃんは15ボリと言ったが、10ボリというと渋々OKした。降りる時、タクシーの運ちゃんの顏には笑顔はなかった。

 早速部屋はあるかと尋ねると、アウトバストイレで1部屋80ボリ、バストイレ付きで120といわれた。ミルトンでは140だったから、120の部屋に泊まった。しかしこの部屋お湯がしっかり出ず寒い思いをした。到着日は、デスロードは行けなくなったのだから、今後、サンティアゴや、ブエノスアイレス、イグアスの計画を練らなければならないので午前中は、部屋にいて、ネットで宿屋飛行機の手配を済ませた。午後になって、空港に行く途中の景色の良いところで、俯瞰でラパスの町を撮りたかったのでバスに乗り、空港方面まで向かった。行きたい場所がなかなか通じず感で適当な場所で降りたら、間違っていて、しょうがないので、違う場所から写真を撮った。

高いところからラパスの街を撮る。
ラパスの街はすり鉢の底のようだ

急な坂にも家がびっしりだ


丘は家で埋め尽くされている



サンフランシスコ広場のアイス売りのおっちゃん

相数理のおばちゃんから靴磨きのおじちゃんがアイスを買い休憩している。

でかいポップコーン。買った人の話では、湿気っているらしい

一旦宿に帰り、今度は夜景を撮りに、別の展望台がある場所にタクシーで向かった。
 タクシーはその場所まで20ボリと高かった。そのタクシーの運ちゃん電話していると思ったら、途中で自分の嫁さんと,もう一人の男の人を拾い目的の場所に向かった。途中で方向が逆だったのおかしいなと思っていたらそういうことだったようだ。
ラパスの夜景。とてもきれい。

夜景
展望台のなんとかキリリと言う場所でタクシーを待たせて20分位写真を撮ったら、タクシーの運ちゃん、行き20ボリ、帰り20ボリ、ここの案内料40ボリ、合計80ボリだとぼったくってくる。
 何言ってるんだテメー自分の嫁さん拾うため遠回りしておきながら、そんなこというのかよと文句言いたかったが、相手はスペイン語しか話せない。英語で文句言っても効果無し。
 結局、全部で60ボリ払うことになった。60ボリは正直ボッタクリだと思う。

 夕飯は日本食のケンちゃんで食べることにしていたので近くまでタクシーで行ってみることにしたが、妻が変なところでここでいいといい、タクシーを降りてしまったが、かなり距離があった。ケンちゃんに着くと,店の前で、見たことある顏歩いてくる。デーツアーで一緒だった東大生だった。店に入ると、あれ?今日ホテルで見た人や、前にミルトンホテルで見た人や、ウユニで見た人等、どこかで見かけた人が多く、みんな仲良く一緒にご飯を食べている。我々が席に座ると、名前を呼ばれ振り返ると、そこには、サンライズツアーで一緒だった、名古屋の医大生がいた。ケンちゃんはウユニの同窓会状態だった。


 もちろん、現地の人も食べに来ており、寿司等豪華な食事を堪能しているようだった。一方日本人旅行者は、寿司食べている人はおらず、だいたいラーメンや、カツ丼等を食べている。
 我々は、シューマイ定食と、餃子定食を食べたが、残念ながら、シューマイと餃子はまずかった。おそらく肉が、豚肉ではないのではないかと思った。
























2013年4月7日日曜日

ウユニ塩湖サンライズツアー

3月15日
 2時半に起きだし、3時にツアー会社の前に行く。車は3時丁度にやって来たが、肝心のツアー参加者がいない。私たち2人だけだ。20分程待つが、現れないので、我々2人だけ車は出発した。デーツアーでは長靴を忘れたので、長靴だけ、何度もドライバーに確認して、長靴をレンタルした。途中塩のホテルで2人の男の子が乗り込んで来た。名古屋から来た医学生で、やはり卒業旅行だそうだ。今日は4人とちょっと寂しかった。


 まだ暗いうちに、反射ポイントに到着した。1昨日よりも水が減っている様で所々塩の固まりが、水面から突き出ている。この塩の固まりが出ていない所を探して、カメラを構える。先ずは星の写真だ。南十字星が、サンセットとは上下逆さまに見える。この南十字星の上の天の川が最も星が多く見える所であり、レンズをどうしようかと迷ったが、やはりたくさんの星を写したいため、魚眼の10−24mmを装着した。

 今日は掟破りのISO3200〜H1.0でも撮影してみる。やはり高感度にしたほうが星の映り込みが多く、いい感じだが、とりあえずおなじカットで1600から感度を上げながら撮ってみる。液晶で見ると、空が真っ黒でちょっと、面白みがないのでホワイトバランスを電球マークにしてみると、全体が青みがかって、いい感じになる。今日はこれで、行こうと思い、車や、人と一緒に、星空を撮る。ウユニの文字も、おなじツアーの人に手伝ってもらい、携帯の明かりで書いてみる。水面に映らなかったが、奇麗な写真が撮れて、少し満足した。もう少し、字の書き方や光の小道具がを準備しておけばよかったなと思う。
携帯電話でのuyuniの文字
ランクルと星空
ツアー参加者とシルエット撮影

 それから、夜が空けるのは早かった。見る見るうちに明るくなり、星もわからなくなった。

朝焼け

 もう少し人がいるところまで連れて行ってもらい、ボーズを盗もうと思ったが、特にいいものはなかった。陽がのぼり、完全に夜があけたところで、帰途に着いた。

若者はジャンプする。

なんだか宙に浮いているようか感じもする。
また、塩のホテルで大学生2人をおろし、ウユニの町に帰って来た。今日のバスは、夜8時発だが、昨日予約を取りに行ったら、最後の2席しか空いていなくあやうく帰れないか、別のバスを見つけなければいけないところだった。チェックアウトは午前11時なので、それまでにシャワーとパッキングを済ませた。チェックアウト後、ホステルの休憩所を使っていいか聞いてみたが、15ボリ必要ということだった。もしシャワーをするなら20ボリだそうだ。
 
 ウユニの町をしばらく歩いてみたが、たいして面白い物もなく、疲れたのでホステルで15ボリ払い、休憩することにした。ソファーで、パソコンをしていると、おなじ部屋だった、オーストラリアからきた女性4人組も、帰って来て、休憩していた。やっぱりみんあおなじらしい。
ウユニのお店。

パン売りの屋台

おじちゃんがなんか親重な物をつくっていたが挑戦しなかった

おばちゃんが目の前で鳥や豚の固まりを切り分けハンバーガーを作ってくれる。これはおいしかった。

こんなにちゃりんこの車輪集めてどうするのだろう?

ウユニの女子学生。

 自分が泊まったホステルPiedra Blanca Backpackers Hostelは、ツアー会社の近くで、周りにレストラン等もあり、6人部屋ドミが朝食付きで1泊60ボリ、800〜900円くらいで、ベッドも奇麗な感じで、シャワーもお湯がよく出てよかった。おなじツアーで一緒だった人のホテルは、35ボリと格安だが、シャワーは水で、トイレにはペーパーがないそうだ。この寒さで水シャワーはつらいので、みんな、10ボリ払って、近くのパブリックのシャワーに行っているということだった。今回、お腹を壊してトイレットペーパーを大量に使ったので、差額15ボリ分くらいの埋まったのではないかと思う(笑)

 バスは8時定刻に出発した。帰りのバスは日本人は少なかった。自分の前の席は日本人の大学生の女の子が座っていた。彼女は、一昨日にウユニに来て、塩のホテルに1泊して今日帰るそうだ。なんと、着いた日にサンセットツアーに行き、塩のホテルに泊まり、朝からサンライズツアーに行き、帰って来てからその足でデーツアーに行き、夜帰るという強行パターン。若い人はそれが出来ていいなと思う、自分にはちょっと難しいかもしれない。

 ラパスを往復する場合は、中高齢者には、着いたその日は、ツアーを申し込んで、昼間はウユニの町を見て回り、チェックイン後、早めに就寝して、次の日の朝サンライズツアーに行き、帰って来て宿で仮眠を取り、3時からのサンセットツアーに行き、次の日に、10時からのデーツアーに行き、その日のバスでラパス帰る2泊コースあたりが、いいのではないかと思った。

 帰りのバスも8時ちょうどに出発した。往路とおなじバス会社だが、今回のバスのシートはふくらはぎをサポートするオットマンが付いており、これが、腰の負担を軽減させてくれて、まあ疲れていたのもあるが、よく眠れたような気がする。

 ふと目が覚めると、バスは止まっていて、また運転手が暗い中、タイヤを交換していた。どうやら、タイヤ交換1回は、予定の中に入っているのではないかと思う。

1時間程度のバスストップの後,バスはまたダート道を走り出した。



2013年4月6日土曜日

ウユニデーツアー


3月14日 
 朝起きて腹の調子はよ良さそうだったので、デーツアーとサンライズのツアーを再度申し込んだ。この時点で、ウユニでの3泊は決定し,ラパスでのデスロードの体験はできなくなった、デーツアーは10時〜5時くらいまでで、チャーターでは通常のツアーランチ付きで170ボリだった。


 今回のゲストは東大生2人組男性と新婚旅行カップルの6人だった。チャータでは飛ばされた、列車の墓場や塩の収集所をみたいり、水がわき出したりしているポイントを見学する。

列車の墓場。かつてはこの鉄のかたまりも走っていた。

の収集所

  塩のホテルの所の外でランチを食べる。ランチはどうせサンドイッチだろうと思っていたが、ご飯に、薄く叩き伸ばした鶏肉に味をつけ衣をつけてあげてあるミラネサと、トマトと、キュウリだった。この食事、全然期待していなかったけど美味しかった。特に大きなキュウリに塩をつけてたべるとさっぱりして美味しかった。

 反射ポイントまでは、ランクルの屋根に乗り行ったが、ドライバーのカルロスは若いドライバーで飛ばす。正直言って寒い。自分は後ろのほうだったから、良かったが前の東大生は凍えていた。
塩が干上がるとこんな感じ
反射ポイントに来て問題が発覚。実は、カルロス、みんなの長靴を持って来ていませんで、水たまりに入ることが出来ず、早々に反射ポイントから退散。
屋根の上に乗って移動
しばらく戻り、水がないところで、トリック写真撮影大会となりました。カルロスは、いくつかおもちゃを持って来ており、それを使って、カルロスが撮ったり、自分で撮ったりする。これはこれで、なかなか楽しい時間を過ごしたが、カメラ持って来ていない人はいないけど、あんまり興味がない人は、つまらなかったかも?

怪獣に襲われています
またまた長靴
巨大バナナ
つまみ上げ

スプレー
そのあとプレインカと言う場所に連れていってもらった。ここはには洞窟がありその洞窟の中にはファミリーと思われる何体かの遺体があったその遺体は、座って家族団らんをしているような形で、母親は子供を抱いている。おそらく家族団らん中に家が埋まってしまい、なくなったのだろう。

プレインカの洞窟

ここには、こういった洞窟がいくつかあるようだった。
これを見終わって、ウユニの町に帰り着いた。
この日の夕食も、とりあえず野菜スープにしておき、次のサンライズツアーのため早めに床についた。

リクーニャが一人物思いにふけっておりました。



2013年4月3日水曜日

ラパス〜ウユニ、月の谷


3月11日 ラパス〜ウユニ
 今日はいよいよウユニに行く日だがバスの出発は午後8時。めちゃ時間がある。昨日、コパカパーナの帰りにそのままバスに乗ればよかったと後悔したが、もうおそい。昼間は月の谷というところに行くことにした。
 月の谷はラパスからバスで40分くらいのところ。朝食の時に一緒になった卒業旅行の男の子と一緒に行くことにした。学生広場のバス停まで歩いて行ったのはよいが、何処がバス停かわからない。おまけにバスがどれかわからない。露天でクルミみたいな物を打っているお兄さんに尋ねると、教えてくれた。

 すぐにバスはやって来たが、本当にこのバスでよいか自信がない。乗り込んで、月の谷の方面の町の名前を言ってみると運転手が早く乗れという仕草。一人2、5ボリ払い乗り込む、本当にこのバスでよいか心配で車が行く方向を地図と照らし合わせてみるが、さっぱりわからないが、間違ったときはその時だと腹をくくり、座っていると、バスの運ちゃん手を挙げて、ここだよと教えてくれた。ちゃんと覚えていてくれたのねとちょっと感動。

 月の谷の前には各国の旗が立っている。もちろん日の丸もある。入場長いくらだったか忘れたが、を払い、中に入る。最初に売店があり、まずは水を買う。

 月の谷には、対象様々な、泥の隆起物がある。鍾乳石は上から垂れ下がっていたり、下から隆起したりしているが、鍾乳石の隆起の様に無数の突起物がある。
月の谷はこんな土の隆起でいっぱい。

マザームーンは松茸の様にも見える


サボテンがあったりする。







 早速大学生の男の子はあれに登りたいといい、よじ上って行く。若い者には負けない用途自分も、妻もよじ登り、写真撮ったりなんかして、降りて行くと、おじさんが登るなって怒っていた。Σ( ̄□ ̄;)

 一つ一つの隆起物を月と言っているのか、一番大きな突起物はマザームーンと言うようだ。まっすぐに5m程度、隆起している。先っぽがすこくふくれあがり、少し色が黒くなっており松茸のようになっている。人によっては、いろんな者に見える。
真ん中の隆起がマザームーンだそうだ

 そういった突起物を見ながら約1時間位で一通り見て回った。あんまり期待していなかっただけに、結構満足した。

 帰りのバスは、みんなラパスの中心を通るだろうからと思い片っ端から、ミニバスを止めて、町の中心部と思い込んでいる、サンフランシスコと告げてみるが、どのバスからも断られる。しょうがないから、セントロち告げてみると、あっさり、バスは乗せてくれた。

 今まで止めたバスはみんなサンペドロと書いてあり、なんと、ミルトンホテルの近くを通るようである。注意深く、周りを見ていると、見覚えのある風景がでてきので、そこでバスをおろしてもらい、ジャッキーチェーンという中華のお店でお昼をたべた。チャーハンを食べたが、まあ美味しかった。

 男の子と別れて、我々は、今度ラパスに戻って来たときのツアーについて、聞いてみた。興味があるのはデスロードという自転車で標高4700mから1200mまで一気に下るツアーだ。
300ボリから600ボリまで値段はいろいろあるようだが、違いは自転車のサスペンションが前後着いているか前だけとかの様である。ピックアップは7時半で、だいたい5時から6時には返ってくるようだ。ツアー会社の説明もいろいろで、パソコンで、プレゼンしてくれるところや、口頭だけでの説明、ツアーに着いてくるTシャツに書かれているコースマップを使いながら、説明してれるところいろいろであるが、自転車の違い以外はどこもあまりかわりなさそうであった。
 4700mからのダウンヒルは、高山病の危険性があるが、ぜひチャレンジしてみたいものである。

ウユニ塩湖で2泊して返ってくれば、1日はこのツアーに参加できるのだが、ウユニで天気亜悪かったり予期せぬことがあれば、3泊することになるので、予約はしなかった。
 そのあとは、お土産物屋さんみたりしてラパスの街ブラした。
ラパスの街のショーウインドーに飾られたウエディングドレス。ラパスでのはやりだろうか?ミニスカなのが気になる(笑)

こんな面白い物もうっている。
ホテルで、タクシーを頼むと、ホテルのおばちゃんはすぐにタクシーを止めてくれてバスターミナル(こちらではテルミナルと言っている様に聞こえる)まで15ボリよと言ってくれた。昨日、ターミナルから来たときの値段と同じだ。

 タクシーの運ちゃんは、ものすごく期限がよくて、ターミナルに着くと満面の笑顔で手を振ってくれた。それをみた妻は、タクシー料金実は高いのではないかと言い出した。本には10〜15ボリと書いてあるので、今度乗るときは注意してみようと思う。

 トドツーリスモのオフィスは3階にあるので、荷物を抱えてあがらないければならいかと思うと、荷物より気が重かった。1階の入り口に、お兄ちゃんが立っていて、チケットを見せると、荷物にタグを付けて預かってくれた。どうやらバスは2台あり、上のオフィスで、どちらのバスかを確認して連絡しろと言っているみたいだ。

 3階のオフィスに行くと相川翔似の係員がチケット見せろと叫んでいるので、見せると、手続きをしてくれて、1番のバスだと教えてくれたので、下に行き、荷物番の係員に1番と告げた。我々が着いた時刻は7:30頃、他の早く着いた人達は荷物を上まで一旦持ってあがっていたので、いいタイミングで、到着したようだ。最も他の人達は他のところから到着して、ラパスで泊まると、効率が悪いので、そのままこのオフィスで待っていたらしい。

 待合室をざーっと見渡すと、日本人が、半分くらいいて、中に入ると一斉にこちらを見られ、気持ちよく挨拶された。どうやら、到着後のチャータ−ツアーのメンバーの見定めをしているようだ。だが、既に人数はいるようで、我々は声をかけられなかった。

 ウユニのツアーでは日本人以外は、湖面の反射に興味がないらしく、ツアーに外国人が入ると、好みが異なり、思うようにならないという本当か嘘かわからない噂が飛び交っており、みんな日本人同士のツアーを組みたがるようだ。
 
 我々は、とりあえず様子を見ることにして、コパカパーナから帰りのボート私のところで見かけた女性4人組がいたので、少し話をして、そのあと、オフィスの下で水を買うところで少し話をした男性もいたので、少し話をしておいた。

 相川翔がバスに行けというので、バスに乗り込んだ。我々の席は前から2列目、情勢4人組の後ろだ。まあ女性4人組は3人は世界一周で、一人は南米で日本に帰るというグループだった。

 バスに乗り込むと、すぐにディナーが配られた。ピラフに人参メインの野菜と、小さな鶏肉のようなもの。飛行機の機内食より一回り小振りな感じ。前の席の女の子は、まずーと叫んでいたが私は、まあまずくはないなと思った。

 配っている人を良く見たら、先ほどの相川翔じゃないか、横っちょのとんがった眼鏡を外して、エプロンをして、手袋をはめている姿は、もう相川翔ではなく、可愛らしい少年のようで、妻にも前の女の子達にもかわいいと受けていた。
 あと、ミネラルウオーターとお茶、ホッウオーターに好みのお茶(自分はコカ茶をチョイス)と枕と、毛布が配られ、バスは出発した。
 バスは揺れるので、ディナーとお茶はバスが出発する前まで急いで、食べる必要がある。

 バスは、ラパスを出て急な坂道を登り、空港の横をとおり、ウユニの方に進んでいく。日記でも書こうと思ったが、バスの振動は想像以上に大きく、とてもかけた物ではないので、寝ることにしたが、リクライニングは結構倒れて、問題ないのだが、腰が痛くなかなか寝付けなかった。