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2015年6月20日土曜日

アンコールワットを見に行く(カンボジア シェリムアップ)

 ルアンパパーンからシェムリアップへの飛行機は、チェンマイの旅行会社で手配していた。直行便もあったが、少し料金が安いので、ラオスのパクセーという空港経由の便でシェリムアップまで向かった。使用した飛行機はラオエアー
 嫁は、ラオエアーは世界一危いらしいよ。ATR-72型という飛行機以外は乗らないようにと書いてあるという。どうやら中国からのお下がりの機体が飛んでおり、それがよく事故を起こしているようだ。我らが乗る機体を調べるとATR-72型。ホッしたのだが、今、このブログを書くにあたり、調べてみるとATR-72型も2013年10月に事故っていると言う記事を見つけてしまい、事故がなくてよかったと今頃胸を撫で下ろした。

 自分たちが乗ったATR-72型は運転席の後ろが荷物室になっており、最後尾から乗込む。4人掛けでどのくらいかな60ー70席くらいのプロペラ機だ。乗り心地はよく、翼が機体の上にあるので、視界がよかった。

 シェリムアップには無事に着いた。空港ではホテルのピックアップがきているはずだったが、そんな人は見当たらなかった。仕方なしに、タクシーの運転手にホテル名を言い乗り込む。出発してから、運転手はそんなホテルは知らない等と言い出した。じゃあ電話して聞いてよと電話番号を渡して電話で聞きながら連れて行ってもらった。

 シェムリアップでは義妹と合流するため、少し高めのホテルを予約したつもりだったのだが、着いてみると、なんだかボロい。宿のオヤジは愛想はいいが、なんだかヘラヘラしていて、頼りない感じだ。

 ピックアップが来なかったぞと文句を言い、明日、義妹がくるから、絶対にピックアップに行ってよと釘を刺しておいた。

 部屋に案内されると、メチャ狭い。これじゃ3人泊まれないじゃないかと文句をいうと、明日部屋を代えてあげるという。そうかと納得して、その日はその部屋に泊まったが、何となく変な匂いがする。

 次の日、新しい部屋に案内されたのだが、前日の部屋と同じサイズの部屋にベッドが3つ。荷物を置くスペースが無い。予約サイトの写真と違うじゃないかと文句をいうと、別の部屋に案内された。そこはまあ、そこそこ広さがあり、ホッとしたのだが、この部屋は鍵が壊れていて、鍵がかからない。また鍵がかからないじゃないかと文句を言う。宿のオヤジは出かけている間に直しておくというが、帰ってくるとやっぱり、修理していない。

 自分がシャワーを浴びていると、嫁と義妹が騒いでいる。なんだろうと思ったら、ゴキブリが出て来たというのだ。宿の別のお兄さんに処理してもらい、事泣きを得たが、自分が風呂から上がったら義妹のベッドの上に空からゴキブリが落ちて来てまた大騒ぎ。今度は自分が処理したが、日本のゴキブリより固い。潰すときゴキッとすごい音がした。

 そろそろ寝ようかとした時に、今度は嫁のベッドの蚊帳の中にゴキブリが入り込んでまた大騒動。またもや自分が処理する。まったく蚊帳の意味がない。

 女性陣2人は、もう耐えきれない、こんな宿で新年を迎えるのはイヤだと言い出し、ホテルを変わる事にしてしまった。しかしながら年末に手頃な値段の宿は空いているはずもなく、仕方なしに、4つ星の宿に移動する事にした。

 さすがに4つ星のホテル(といっても大して高くはない)。部屋は広く、ベッドの寝心地もよく、快適だった。一度こういうホテルに泊まると、もう安宿には泊まれない。

 大晦日の日はこの宿で、紅白歌合戦をみて、義妹が日本から持って来たインスタントのそばを年越しそば代わりに食べて過ごした。
 しかしこの宿にも欠点があった。なんだか自分の手足がもやもやして痒いのだ。ナンキンがいそうな感じがしていたが、まさかここにいる訳けないと思い、気のせいにしていたが、翌日、手足が真っ赤に腫れ上がり、ナンキンに間違いなかった。ベッドのシーツを矧ぎ、探してみると、2匹のナンキンらしき死骸を見つけ、これをフロントに持って行き、自分の手を見せて、ベッドバグがいるから、部屋を代えてくれというと、フロントですぐに対応してくれた。流石は4つ星だ。(ナンキンがいる事自体はダメだが)

 しかし最後の最後までナンキンにはやられっぱなしだ。しかもいつも俺だけ。

 さて、ここシェムリアップにやって来たのは、もちろんアンコールワットに行くため。

 アンコールワットには、宿でトゥクトゥクをチャーターして連れて行ってもらった。料金は、ちょっと忘れてしまったが一日の料金と、サンライズやサンセットをつけるといくらというふうに決まっていたと思う。

 アンコールワットの入場は3日券を購入した。購入時は写真を撮られ、チケットに写真が付き、他人への譲渡が出来ない様になっている。この辺りは、カンボジアとは思えないくらい進んでいる。

 朝まだ日が昇る前に宿を出て、アンコールワットの中にあるサンセットポイントまで行く。入り口の近くには池がありその池のところから見学する訳だが、我々が到着した時には既にたくさんの人達がおり、場所がない。仕方なしにちょっと端のほうが空いていたのでそこに三脚を構えたが、やはり日が出てくる方角とアンコールワットの位置関係が悪かった。


 日が昇りきると早速中の見学。アンコールワットの中の遺跡は、かなりきれいに修復されているようだった。塔になっているところにはかなり急ではあるが木製の階段が新しくつけられており、登りやすくはなっていた。

 さすがに年末だ、日本人観光客もたくさんいた。

アンコールワットから出てくると、すぐにトゥクトゥクの運転手は自分たちを見つけてくれた。長い時間待ちながら何時出てくるかわからない自分の客を待ち続けるのも結構大変だなと思った。

 お腹がすいたので朝食をたべてもどると、トゥクトゥクボーイはトゥクトゥクにハンモックを張って爆睡していた。Good Morninngと声をかけると、飛び起きた。

 次にアンコールトムへと向かう。車1台しか通れない門をくぐり、アンコールトムの中に入るのだが、この道が込み合い渋滞する。ようやく中に入るとバイヨンという遺跡に到着。この遺跡にはたくさんの塔があるのだが、塔の先端部分は仏像の顏になっており、たくさんの顏が双んでいる感じだ。石組みの塔はかなり崩れており、中に入る事は出来るが、地面には崩れた石がゴロゴロ転がっていた。




 その他にエレファントテラスとあと名前は忘れてしまったが2つくらいの遺跡を見て帰った。

 2日目は、今度は、サンセットコースをお願いした。アンコールワットの遺跡群は結構広い範囲に点在している。トゥクトゥクの運転手は夕陽をみるならラージコースがいいといい、いくつかの遺跡をピックアップして連れて行ってくれたが、何という所みたのか、名前を忘れてしまった。ちゃんと、メモしておくべきだった。

 最後は、サンセットポイントのプレ・ループに連れて行ってくれた。一番有名なのは、アンコールワットに近いプノン・バケンだけど、運転手は周囲に邪魔する物がないからこちらが一押しだと勧めてくれた。ここは周りをジャングルに囲まれた遺跡で、遺跡の上に登ると、ジャングルが見渡せ、ジャングルに沈む夕陽が見れる。少し早めに着いた我々は、いい場所を確保したつもりだったが、ちょうど、太陽が落ちる場所に大きな木がありよく見えなかった。(T-T)


翌日は、タクシーを使って、ベンメリア遺跡に向かった。この遺跡は天空の城ラピュタのモデルとなった遺跡と言われているが、オーストラリアにもそんな風に言われた場所に言った事があり、どれが本当のモデルだかわからないがとりあえず行ってみることにした。

 この遺跡はシェムリアップよりタクシーで1時間半くらいだったかな?タクシーのドライバーは若い男性で日本人ぽい感じで、今時のイケメンだった。英語は少しだけ話せるくらいだったが、道中暇なので、ドライバーには彼女がいるのかという質問をした。彼はいたけど今は遠い所にいるという。「何処にいるんだ」と激しく追求すると、アメリカに勉強しに行っているという。「帰ってくるのか?」とさらに追求。彼は悲しそうな顏をして、おそらく帰って来ないだろうという。「じゃー君がアメリカに行けばいいじゃないか」提案すると、「そんなお金ない」という。彼は「もう終わったと思っている」と悲しげだった。「ジャー新しい彼女をみつけるしかないね」と励ましてこの話は一瞬のうちに終わってしまい、何となく変な雰囲気となってしまったが、時間をもてあますことなく無事に目的地にたどり着いた。


 中に入ると、日本人観光客がラピュタの歌を歌いながら写真撮っていたり、日本語ガイドが日本人観光客を案内していたりして、そのガイドの話を盗み聞きしながら見てまわった。この遺跡は、発見されたままの状態で、殆ど壊れており、単なる石の残骸のようであるが、ガイドさんの話によると、アンコールワットも発見当時は、同じ様な状態で、当時フランスが占領していたので、フランス人により修復されアンコールワットはきれいになったが、ここは全く手つかずの状態だということだった。

 遺跡の塀や建物には巨大な木の根が覆い被さり、石を締め上げ、石垣や建物を崩して行ったのだなと言う事が想像された。

 子供達が、俺が案内してやるといってイロイロと教えてくれる。ある彫刻を指して、アンパンマンだという。よく見ると、円の中に目、鼻、口みたいな線が見え、言われるとアンパンマンのような感じにも見える。これはガイドブックによると花の蕾だそうだ。アンパンマンって日本人がの誰かがいい始めたのだろうか?

 子供達はチップ頂戴とおねだりしてくるが、ダメっていうと、あっと今に消え去り、他の観光客の案内をしている。これがインドだと、しつこくつきまとってくるから、こちらの子供のほうがかわいい。

 ベンメリア遺跡から帰ってきたのは、夕方ちょっと前、前日の夕陽にちょっと不完全燃焼だったので、プノン・バケンにも行ってみた。プノン・バケンはアンコールワットの近くにある山の上にある遺跡から夕陽を眺める。山を登ると、遺跡に登るのに大勢の人が並んでいた。出発した時間が遅く、日没に間に合わないかと思ったが、なんとか間に合い夕陽を拝んだ。トゥクトゥクボーイが言っていたとおり、山に生えている木々が若干邪魔になってはいるが、ゆっくりと沈んで行く太陽をみることができた。

 世界一周の旅では夕陽を眺める事が多かった。水平線に太陽がかかると、見る見るうちに太陽が沈んで行くのがわかり、最後点になり、あっという間に地平線に消えて行く。地球が回転しているということをこの時に実感することが出来るのだ。この世界一周の旅で見る最後の夕陽であった。

 シェムリアップの街の繁華街はパブストリートという所だ。この通りには電飾が飾り付けられ、夜になると、少し怪しげなネオンが輝く。この通りを中心に、レストランや屋台、お土産物屋、マッサージ屋等が立ち並んでいる。

 正月のカウントダウンはこのパブストリートに出かけて行ったのだが、この通りはまるで満員電車のようにギュウギュウ詰めの状態で、気分が悪くなり抜け出してしまったが、途中で義妹とはぐれてしまい、義妹は小さいので探すのに苦労した。(笑)


時差があるため紅白歌合戦を見た後に、PUB STREET
にくり出したが、ものすごい人だった
結局新年は通りのレストランの2Fの椅子の上に登った状態で迎えた。0時を回ると盛大に花火が打上りなかなか盛り上がっていた。

 カウントダウンに着ている人達は、地元の人達で、みなさん結構お洒落をしていた。遺跡であれだけたくさんいた日本人ももちろんの姿はほとんど見かけなかった。
 タクシーの運転手の話によると、シェリムアップのカウントダウンには、プノンペンから大挙してカンボジア人がやってくるそうで、1日で帰って行くと苦笑いしていた。
1日の夜のパブストリートは人は少なかった。

 食事は、ほぼ毎日パブストリート近辺のレストランで食べた。良かったのは、鍋焼き肉
これは、鍋と焼き肉を一緒にしたようなもので、ジンギスカンのような真ん中が盛り上がった鉄板の周囲にスープをいれて、焼き肉と鍋を一緒に食べるというものだ。そう、ルアンパパーンのカフェで隣の人が食べていた料理が、カンボジアにもあった。

 この鍋は2度食べたが、人気らしく、数件のレストランがあるが、込んでいた。
肉は、牛肉、豚肉、鶏肉、イカ等に加えて、クロコダイルやカエル等もあった。クロコダイルやカエルは初めて食べたが、淡白な感じで脂のない鶏肉のようでもあり、不味くはなかった。カエルは太ももの肉で、これも、さっぱりとした鶏肉ような感じで身がプリッとしていて、よく鍛えられているという感じがした。

 カンボジアで良かったのはマッサージ。1時間で600円くらいだったと思うが、正直言って、タイのマッサージ店よりもはるかにシェムリアップのマッサージのほうが丁寧で気持ち良かった。ほぼ毎日のように通ってしまった。

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